2010.7.27
当学会員である北海道大学の石橋道大教授が、『人文主義者の書字のリズムとローマン体活字』を北海道大学大学院「メディア・コミュニケーション研究」58号 2010(123-136頁)に発表しました。概要を掲載いたしますのでご一読ください。
人文主義者ポッジョ・ブラッチョリーニの手書き字とニコラ・ジャンソンの活字における、ベースライン上のセリフの違いについて考えた。
図の二段目はポッジョの字の輪郭だが、筆脈(点線)を追ってみると、文字によって差はあるが、楕円型の回転運動をしていることが少なくない。この運動を作
る上で重要な役割を果たしているのが、ベースライン上で右に跳ねるセリフである。このセリフは右上にやわらかく弧を描いて跳ねることにより、i・n・u等
々における縦線を楕円運動の軌道に乗せ、oと類似した回転を作り出す。
このリズムが支配的だと、書き手にとってはリズムを一定に保ちやすいので好都合だが、読み手の立場からすると、楕円型に繋がった字は、境が不明瞭になって
判別しにくくなる。例えばinがuiに見えたり、uiがiuないしwに見えたりする。また回転しながらゆっくりと進行していく動きは、速読に心理的負担を
かけるかもしれない。
本文用活字を作る場合、判別や速読のしにくさは大きな問題である。ニコラ・ジャンソンの活字では、ベースライン上のセリフは水平で、左右に飛び出た形をし
ている。この形は一体何なのであろう。写字師の立場からすると、この形はあり得ない。ペンでは書きにくい、極めて奇妙な形である。こうした形は、平筆の下
書きに基づく古代の石碑大文字のセリフから借りてきたと考えられる。セリフが左右に水平に出たことで、回転運動は止み、文は真っすぐに進行しやすくなっ
た。また字の繋がりが断ち切られ、判別しやすくなった。このセリフは読みやすい書物を作る上で、大きな意味を持ったと言える。